top of page

11月23日記す        押されてもびくともしない身体

私達は一つの目安として押されてもびくともしない身体操作を心がけています。

タントウコウや套路が正しくできているのか一生懸命取り組んていてもなかなかわかりづらいです。

その一つの目安として人から押してもらうのです。

力が入っているときは押されたら動いてしまいます。気持ちよく套路がてきているようでも人から押されて動いてしまえはやはり統一体としての動きてはありません。

関節が連携し丹田がてきると押されてもびくともしません。

片足立ちのときでも人から押されてびくともしないのです。

丹田を自分で意識することは難しいと思いますが人から押されたときに安定して動けるとその安定が丹田からくるものと実感てきます。


 
 
 

最新記事

すべて表示
4月23日記す 五輪書から

身のあたりという云う事 身のあたりは、敵のきわへ入こみて、身にて敵にあたる心也、。 少我顔をそばめ、我左之肩を出し、敵の胸にあたる也 あたる事 我身をいかほどもつよくなり、あてる事 いきあひ拍子にて はづむ心に入べし、此人事入なるひ得ては...

 
 
 
4月18日記す 宮本武蔵

宮本武蔵がどういう人が会えないのでわかりません。でも彼の残したものから垣間見ることごできます。 彫刻や絵などやはり卓越してます。 五輪書を読んで 稽古に熱心に取り組むこと 研究すること 常に言っています。 彼が常に努力してきたことか伺い知ることができます。...

 
 
 
6月17日記す 「五輪書」から「たけくらべと云事」

たけくらべと云は、いづれにしても敵へ入込時、わが身のちぢまざるやうにして、足をものべ、首ものべて、つよく入、敵のかほとかほとならべ、身のたけをぐらぶるに、くらべかつと思うほど、たけ高くなって、強く入所肝心也、能々工夫有ぺし 訳...

 
 
 

Comentários

Avaliado com 0 de 5 estrelas.
Ainda sem avaliações

Adicione uma avaliação
bottom of page